障害者の方と、パラリンピックの話をしていて、こんな質問を貰いました。
「障害者の人達ってみんな薬を飲んでいるじゃないですか?」
「パラリンピックの選手って、いつも飲んでる薬がドーピングに引っ掛かる事はないのかな?」
確かに、風邪薬でドーピングに引っ掛かったというニュースもあるぐらいですから、
障害者の方々がいつも飲んでる薬がドーピングに引っ掛かる事は十分に考えられます。
そもそもドーピングとは何でしょうか?
障害者の方々が普段飲んでいる治療薬は、ドーピングに引っ掛かるのでしょうか?
ドーピングに引っ掛かるとしたら、救済策は無いのでしょうか?
今回は、薬剤師さんの協力を得ながら疑問を解決します。
目次
ドーピングとは?
ドーピングというのは
競技能力を高めるために薬物を使用したり、血液を入れ替えたりして、
それらの使用を隠して競技に出場し、
意図的に自分だけが優位に立ち、勝利を得ようとする行為。
とされています。
1988年に行なわれたソウルオリンピック男子100メートルの、
ベン・ジョンソン選手の禁止薬物(ステロイド)の使用で
「ドーピング」という言葉が一気に広がりました。
その他、陸上競技では、
2004年のアテネ五輪陸上男子ハンマー投げ、
アドリアン・アヌシュ選手がドーピング違反で失格となり、金メダルを剥奪され、
2位の室伏広治選手が繰り上がって優勝した事件がありました。
サッカーでは、
1994年のFIFAワールドカップでディエゴ・マラドーナ選手が、5種類の禁止薬物の検出で、
15ヶ月間の出場停止処分と2万フラン(約150万円)の罰金が課されました。
テニスでは、
アンドレ・アガシ選手が自叙伝で自らドーピングを告白し、
ロシアのテニス選手マリア・シャラポワ選手は、
全豪オープンでのドーピング検査で、禁止薬物メルドニウムの陽性反応が検出され
15ヵ月の選手資格停止処分を受けました。
大リーグでは、
バリー・ボンズ選手、ロジャー・クレメンス選手、マーク・マグワイア選手、アレックス・ロドリゲス選手の
ドーピング疑惑が世間を賑わしました。
自転車ロードレース選手のスーパースターであるランス・アームストロング選手は、
ドーピングの発覚により、
ツール・ド・フランスの7連覇を含む1998年8月1日以降の全タイトルの剥奪と
トライアスロンをも含む自転車競技からの永久追放の処分を科された事件がありました。
新しいところでは、
カヌーの鈴木康大選手が、若手のライバル小松正治選手のドリンクに、故意に禁止薬物を混入させた事件は大きく報道されましたし、
国際オリンピック委員会(IOC)は、
ロシアによる組織的なドーピングに関する徹底的な調査報告書を発表し、
ロシアを平昌冬期オリンピックから閉め出したという報道も出ています。
このように、記録という結果を求められるスポーツの世界として、
切って離す事のできないのがドーピングです。
ドーピングとしての禁止薬物
ドーピングとしての禁止薬物は、
・蛋白同化薬
・ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質
・ベータ 2 作用薬
・ホルモン調節薬および代謝調節薬
・利尿薬および隠蔽薬
・興奮薬
・麻薬
・カンナビノイド
・糖質コルチコイド
・アルコール
・ベータ遮断薬
となっています。
この中で、麻薬とアルコール以外のほとんどの成分は、
治療薬として使われている薬に含まれています。
ドーピング禁止成分が治療として使われている病気
ドーピングとしての禁止薬物の成分は、
障害者の方々が日常的に服薬している、一般的な薬にも含まれています。
それぞれの成分が含まれる薬が必要な病気は、
骨粗鬆症、慢性腎疾患、再生不良性貧血 など
糖尿病、骨パジェット病、骨粗鬆症、高カルシウム血症 など
高血圧、狭心症、頻脈性不整脈 など
慢性副腎皮質機能不全、関節リウマチ、エリテマトーデス など
高血圧症、悪性高血圧、心性浮腫、腎性浮腫、肝性浮腫、脳浮腫 など
感冒(風邪)、気管支喘息、急性気管支炎、慢性気管支炎、肺結核、上気道炎(咽喉頭炎、鼻カタル)蕁麻疹、湿疹 など
痛み・炎症の緩和、抗精神病効果、不安軽減 など
抗炎症効果、免疫抑制効 など
高血圧、狭心症、頻脈性不整脈 など
と、ドーピングとして禁止薬とされている成分は、
治療薬として使われている成分がほとんどです。
健康な選手なら、これらの成分が含まれた薬は体調が悪い時にだけ服用すれば良いでしょうが、
障害者の方々は、これらの成分が含まれた薬を常用しないといけないわけですから、
ドーピングになるからといって、薬を服用するのを止めるわけにはいかないのです。
これを解決するのが、TUE(治療使用特例)と呼ばれるものです。
治療使用特例(TUE)とは?
治療使用特例(Therapeutic Use Exemptions:TUE)は、
禁止物質・禁止方法を治療目的で使用したい競技者が申請して、
それが認められれば、その禁止物質・禁止方法が使用できる手続きです。
自分が服用しなければいけない薬を予め申請しておいて、
それが認められればドーピングにはならないという制度ですので、
病気を持った方々も、
ちゃんと治療薬を飲みながらオリンピックや世界・日本の大会に参加できるわけです。
ただ、このTUEも障害者の方々には、完全に適用できません。
例えば、
障害によっては、体調の変化が激しく、
事前に申請していた薬以外の薬を飲まなければいけなる事が多くなり、
抜き打ち検査への対応が非常に難いわけです。
抜き打ち検査だけではなく、予定している検査に対しても、
障害者スポーツの選手にはプロとして活動している方は少なく、
ほとんどの方が、競技と職業を両立していますので、
仕事の都合や体調の変化による通院などで、
事前に申請していた行動予定を変更せざるを得ない場合も少なくなく、
抜き打ち検査どころか、予定していた検査の対応にも困難を抱えることになります。
また、障害者スポーツのみに見られる不正行為として「ブースティング」という行為があります。
このブースティングというのは、
故意に血圧を上昇させることで、精神的・心理的興奮をうながし、闘争心を高めて競技に臨むことですが、
これは、眼底出血や脳出血などの重大な合併症を引き起こす危険があるため、ドーピングとして禁止されている行為です。
しかし、頚髄や胸髄に損傷を有する人は、
自律神経異常反射と呼ばれる交感神経の異常な反射が起こることがあって、
この反射は下半身への痛みを伴う刺激、特に膀胱の膨満や刺激によって起こされますが、
この自律神経異常反射は、ブースティングと同じ反応が出ます。
脊髄損傷の選手に、これらの症状が出た場合、
自律神経異常反射として出ているのか?
故意にブースティングを行っているのか?
判断が難しいという問題もあります。
パラリンピックのドーピング 障害者の服薬はどうしてる? まとめ
1 ドーピングとは?
競技能力を高めるために薬物を使用したり、血液を入れ替えたりして、それらの使用を隠して競技に出場し、意図的に自分だけが優位に立ち、勝利を得ようとする行為。
記録という結果を求められるスポーツの世界として、切って離す事のできないのがドーピングです。
2 ドーピングとしての禁止薬物
禁止成分のほとんどは、治療薬として使われている薬に含まれている。
※詳細は、本文を参照
3 ドーピング禁止薬が治療として使われている病気
障害者の方々が日常的に服薬している、一般的な薬にも含まれている。
※詳細は、本文を参照
4 治療使用特例(TUE)とは?
禁止物質・禁止方法を治療目的で使用したい競技者が申請して、それが認められれば、その禁止物質・禁止方法が使用できる手続き。
ただ、このTUEも障害者の方々には、完全に適用できない。
障害者のスポーツとして、ドーピングの問題には厳しい現実があります。
ドーピングに関しては、健常者と同じ障害者がアスリートとして活動していくのに、
マネジメント体制が整っていない事もあり、
選手個人々が自己責任として日常的に注意をしていくしかない状況です。
私はまだ、アスリートと呼ばれるほどの障害者スポーツ選手との関わり合いはありませんが、
健康な身体を持つ健常者の選手より、
症状や栄養・薬の管理をしなければならない障害者の選手にこそ、
充実したサポート体制が必要なのではないかと思います。
工学技術の発展で、障害者の記録が健常者の記録を凌駕しつつある今こそ、
サポート体制を充実させ、
その技術を、一般の障害者が使う道具にフィードバックしていく体制ができれば、
もっともっと障害者の方々が暮らしやすくなる世の中になるのではないかと思っています♪