スティーブン・ホーキング博士が死去 車椅子の天才物理学者 宇宙へ逝く

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Theoretical physicist Stephen Hawking poses for a picture ahead of a gala screening of the documentary 'Hawking', a film about the scientist's life, at the opening night of the Cambridge Film Festival in Cambridge, eastern England on September 19, 2013. Hawking tells the extraordinary tale of how he overcame severe disability to become the most famous living scientist in a new documentary film premiered in Britain. AFP PHOTO / ANDREW COWIE

14日、車椅子の天才物理学者、スティーブン・ホーキング博士が亡くなった事を家族の代理人が明らかにしました。

NASA(米航空宇宙局)は、

「高名な物理学者にして科学の大使だったスティーブン・ホーキング氏を追悼します。提唱した数々の理論は、膨大な可能性を提示してくれた。私たちと世界は、その可能性を今も探検し続けている。2014年に宇宙ステーションの飛行士たちにあなたがおっしゃったように、いつまでも微小重力の中をスーパーマンのように飛び続けますように」

引用:BBC NEWS JAPAN

と発表しました。

また、米アップル社の共同創業者スティーブ・ウォズニアック氏は、

「スティーブン・ホーキングは高潔で科学に身をささげた人で、純粋に優秀だといういう以上の存在だった」

引用:BBC NEWS JAPAN

と賛美し、

米マイクロソフト社のサティア・ナデラ最高経営責任者は、

「私たちは今日、偉大な人を失った。スティーブン・ホーキングは、複雑な理論や概念を一般に分かりやすく伝えるという、科学への偉大な貢献で記憶される。障害に直面しながら、宇宙を完全に理解したいと、全力で追求した。その探求と精神も、忘れられることはない」

引用:BBC NEWS JAPAN

と別れを偲びました。

スティーブン・ホーキング博士とは、どんな人物だったのか?

博士が残した功績と共にお話ししたいと思います。

スティーブン・ホーキング博士とは、どんな人物?

スティーブン・ホーキング博士(Dr.Stephen William Hawking)は、1942年1月8日、

母の戦時疎開先であったイングランド東部にあるオックスフォードで生まれました。


出展:旅を仕事に!
オックスフォード市街地


出展:旅行の達人
映画「ハリーポッター」の撮影に使われたオックスフォード「クライスト・チャーチ」

ホーキング博士ほどの天才は、子供の頃から勉強に抜きん出たと思われるでしょうが、

友人達と遊ぶ事に一生懸命で、そんなに勉強ができた方では無かったようです。

しかし、数学教師から数学の才能を見出され、数学教師の強い勧めもあり、

大学で数学を学ぶ事を決意し、

17歳でオックスフォード大学のユニバーシティカレッジに入学します。

出展:planetscholarship.com

20歳でオックスフォード大学を卒業。

出展:BBC.com

同年、ケンブリッジ大学大学院に入学し、応用数学・理論物理学を学びます。

出展:cambridgeindependent.co.uk

この翌年21歳で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、余命2年の宣告を受けます。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)

脳や筋肉には異常は無いが、筋肉を動かす神経「運動ニューロン」に障害がおき、全身の筋肉がどんどん使えなくなっていく進行性の難病です。

最初は、指や足など身体の末端から症状が現れ始め、進行すると呼吸をする筋肉も動かなくなり、余命は3年~5年と言われています。

筋肉だけが使えなくなる病気ですので、視覚・聴覚・味覚・皮膚感覚などの感覚や内臓機能は正常に保たれ、脳幹という部分の働きで動かしている筋肉だけは最後まで動き、眼球運動や排尿の障害は出にくいというのが特徴です。

ALSを取り扱った映画やドラマは多数あり、 記憶に新しいところでは三浦春馬さん主演の「僕のいた時間」があります。

  

しかし、ホーキング博士は不屈の心で研究を続け、

23歳で数学者ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose)と共に、ブラックホールの「特異点定理」を発表します。

特異点定理

アインシュタインが残した一般相対性理論では説明しきれない「特異点」が存在する事を証明した物理学の理論。

この年、この後26年間ホーキング博士の闘病を支え続けた、ジェーン・ワイルドさんと結婚しています。


出展:eva.bg


ホーキング博士とジェーンの自伝的映画「博士と彼女のセオリー」予告編

私的に、映画の中で語られていた衝撃的なシーンは、

ホーキング博士が肺炎になった際、医者は安楽死を薦めたが、

妻のジェーンさんは、安楽死を拒み、気管切開を望んだところです。

ホーキング博士は、この時の気管切開で声を失いましたが、

もし、この時に安楽死を選んでいたら…

宇宙物理学は、取り返しがつかないぐらい遅れていた事でしょう。

この頃からALSの進行は緩やかになりますが、身体はほとんど動かせなくなっており、

ジェーンさんの介護負担は1991年に離婚するまで続きます。


出展:映画の感想と犬猫話-辰々blog

この後、ホーキング博士は、

  • 1967年 – 論文「特異点と時空の幾何学」でアダムズ賞受賞。
  • 1974年 – 「ブラックホールの蒸発理論」発表。ロンドン王立協会フェロー(FRS)に選出される。
  • 1975年 – 業績を讃えられ、ローマ教皇庁から「ピウス11世メダル」を授与される
  • 1977年 – ケンブリッジ大学の教授職を得る。
  • 1979年 – ケンブリッジ大学、ルーカス教授職に就任。
  • 1983年 – ジェームズ・ハートルと共同で「無境界仮説」発表。
  • 1988年 – 『ホーキング、宇宙を語る』を出版。発行部数が全世界1000万部、日本110万部を超えるベストセラーになる。
  • 1991年 – 「時間順序保護仮説」を提唱。
  • 大統領自由勲章叙勲。
  • 2016年 – ロシアの富豪でベンチャー投資家のユーリ・ミルナーと共に、アルファ・ケンタウリまでレーザー推進の小型探査機を送るスターショット計画を発表。

引用:wikipedia

と、多くの功績を残しました。

ホーキング博士が1988年に発表し、20年間で1,000万部以上の売り上げを記録し、大ベストセラーとなった「ホーキング宇宙を語る」では、

一般人には、さっぱりわからない相対性理論や量子力学をわかりやすく説明してあり、

宇宙が大好きな男の子は皆ワクワクしながら読んだもので、

私自身も含め、物知り顔で宇宙を語る男の子が急増したのを覚えています(笑)

更に、ALSという難病を抱え、電動車椅子と合成音声でメディアに登場する姿は、

ALSの患者さんはもちろんの事、障害者の方々にも大きな希望を与えてくれました。

ホーキング博士が、雑誌のインタビューで答えた内容に、こんな言葉があります。

「個人的にも宇宙旅行は楽しみにしています。実際に行けるようになったら、真っ先にチケットを買い求めますよ。」

今頃、肉体という重い服を脱ぎ棄て、自由な存在となって、

ワクワクしながら宇宙を飛び回っているのではないでしょうか?

ご冥福をお祈りいたします。

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